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2016年7月14日 (木)

【感想】『日本デジタルゲーム産業史』小山友介/人文書院

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 1983年にファミコンが登場したとき、僕は10歳。小3でした。野木中のそばにあった「広瀬商店」でワンプレイ20円〜50円のゲームで遊んでいまして、筐体はテーブルタイプが店内に二台、外に二台でした。

記憶にあるだけでも、当時その駄菓子屋には『ペンゴ』『バーガータイム』『マッピー』が稼働しておりました。そこそこ遊んだ記憶はありますが、小3にとってはお金でゲームをプレイするほどの余裕はまだありませんでした。

 

 小4になりファミコンを買って貰いました。一緒に買ったのは『スパルタンX』と『スターフォース』でした。しかしすでにその頃はアーケードゲームの技術も上がっており、グラフィックのクオリティが格段に上がっておりました。『ソンソン』や『忍者くん』などをプレイするために広瀬商店へ放課後行くようになります。
 その後、小5になり、野木町の中心部にできたカスミストアのゲームコーナーで『魔界村』に出会います。あまりの衝撃に、震えながらプレイしたのを覚えています。しかしカスミストアは1プレイ100円でした。しかも自宅から自転車で3、40分はかかり、しかも友沼小学区であった僕にとってカスミストアは新橋小学区であり、メキシコの農民がサンディエゴに遊びに行くほどのアウェイ感に満ち溢れていました。
 そこで地元である広瀬商店のオバちゃんに『魔界村』導入を頼み込みます。当時の友達にも『魔界村』の素晴らしさを説明し、オバちゃんに要望するように根回しします。要求を聞き入れてもらえなければ我々はストも辞さない構えでした。

 そして要望が聞き入れられ、遂に広瀬商店に『魔界村』が導入されました。

 それは当時、僕のいた2クラスしかない(3年時まで3クラスあったが、新橋小学校が新設され、4年時に1/3いた新橋小学区の生徒は転校になった)友沼小学校に即座にニュースとなって広まったのです。

 このように当時はファミコンブームと並行してアーケードゲームのブームもあり、明確に家庭用と業務用ゲームのクオリティが分かれていたのです。

 しかし、当時の学校ではゲームセンターで遊ぶのは禁止されていました。ゲームセンターは不良の温床というイメージがあったからです。

その後、アーケードがテーブルタイプから、画面が傾斜した筐体に変わっていきます。
テーブルタイプは照明の反射で画面が見難くなることを防ぐため、ゲームセンターの多くは照明を落とし、窓をポスターなどで塞ぎ外光を遮り薄暗くしてました。その薄暗さがカツアゲやイジメなど非行少年をたむろさせる場として大人たりから忌避されていたのです。広瀬商店も側面をカットしたダンボールを画面に被せてプレイしてました。

メーカーはそれをミディタイプという傾斜した画面筐体に変えることで画面への照明の反射を防ぎ店内を明るくすることに成功しました。
実はこれはアーケードゲームの健全化を業界が自主的に図った結果だったのです。

 他にも、当時の家庭に最も普及していたコンピュータがファミコンだったため、様々な分野の企業がファミコンを用いた関連ビジネスを任天堂に打診していました。電電公社(NTT)は情報機器端末の有力候補としてファミコンに注目していましたし、野村証券は実際に「ファミコントレード」というシステムでオンライントレードのサービスを開始してます。

『日本デジタルゲーム産業史』が白眉なのは、ゲームを懐かしさだけで終わらせない部分です。

 

 当時の小学校から高校くらいまでの僕はゲームだけを見ていました。大人の視点、ビジネスの視点でゲームを見ることはありませんでした。ゲームが進化し、多様化するのは単純に技術の進歩に他ならないと思っていたのです。
しかしそれは本書を読むとよくわかるのですが、全てはビジネスとして成り立つかどうかで、ゲームは大人たちから時に大切にされ、時に吐き棄てられていったのです。

『ハングオン』や『アウトラン』、『スペースハリアー』をプレイしたいが為にゲームセンターに行きました。しかしそれは家庭用ゲームからゲームセンターに足を運んでもらう為の「体感ゲーム」というメーカーの差別化戦略でした。

 『ストリートファイター』や『KOF』など対戦格闘ゲームが対面筐体だったのは、シングルプレイと対戦プレイを同時に行う事によりインカム(コイン投入)を稼ぐことでした。
 

 子どもだった僕らがそれに対抗する手段は、ワンコインでできるだけ長く遊ぶことでした。

『ファンタジーゾーン』を1コインでクリアできるようになりました。しかしそれまでかかったお金は考えたくもないほど使っていたのです。

それに今気付きました。

僕は『魔界村』も1コインで2周できるようになりました。

しかし勝者は僕ではありませんでした。

本当の勝者は広瀬商店だったのです。

所詮子供は大人の手の平で遊ばされているだけなのです。

昔も、そして現在も。


『日本デジタルゲーム産業史』小山友介/著 人文書院 3,888円

ISBN 978-4-409-24107-3 2016年6月


関連→ 2012年7月28日【感想】「ファミコンの思い出」 深田洋介・編 ナナロク社

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