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2016年5月25日 (水)

2014.11.7

先日、飯沢耕太郎の『現代写真入門』(JICC出版:絶版)を読んでいたところ、
写真家ロバート・フランクの解説に目が止まった。
写真集『THE AMERICANS(アメリカ人)』が発表された1950年代当時、
スイス人である彼が写し出した不毛なアメリカの風景はアメリカで歓迎されず、
それどころか「彼は意図的に悲惨な光景を探し求め、偏見に満ちてでっちあげた嘘つきである」と罵られたという。
現在、ロバート・フランクのこの写真集は現代写真のバイブルとも言われているので、真逆の評価に驚いた。
僕としては彼の写真は当時のアメリカの本当の姿を切り取ったことが評価されていると思っていたからだ。
しかし本書の解説でその考えが間違いだったことに気付いた。

〝フランクの写した世界はフランク個人のパーソナルな視点である。そして彼の写真が一般性を帯びるとしたら、
それは彼の視点への共鳴である。〟

〝フランクの写真集『アメリカ人(THE AMERICANS)』の出現は、写真というメディアが、自分と世界の関わりを、
あくまでもプライベートな肉声で語り得るところまで成熟したことを示していた。〟

今、我々が写真を撮る目的はプライベートを語るために写すことが多い。自らの視点、感情を共有共感するための素材として。
そして「写真」を個人レベルで使用した最初がロバート・フランクだったのだ。
写真史も改めて読んでみると、メディア論と交わり、それが個人へと昇華している点に気付かされ面白い。

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