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2015年8月27日 (木)

【感想】『明日と明日』トマス・スウェターリッチ (ハヤカワ文庫SF)

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『明日と明日』 

トマス・スウェターリッチ/著 日暮雅通/訳 

ハヤカワ文庫SF 2024 税込1,123円

【あらすじ】
 テロリストの爆弾でピッツバーグが“終末”を迎えてから10年。仮想現実空間上に再現された街アーカイヴでの保険調査に従事するドミニクは、亡き妻との幸せな記憶が残るアーカイヴに入り浸る毎日を送っている。だが調査対象の女性が殺されている映像と、何者かがそれを消そうとした痕跡を見つけたことから、彼は真実と幻影、過去と現在が交錯する迷宮へと迷い込んでいく…。新鋭の鮮烈なデビューを飾る近未来ノワール。

 【感想】

一気読みしてしまった。
これは凄い。この本の凄さを一言でいえば
SFならではの比喩と、現在の拡張たるSF世界が見事に一つにまとまっていることである。

本書の電脳世界ではマーケティングも進化し、個人の嗜好に合わせただけでなく、
リアルタイムにポップアップ広告が視覚に飛び込んでくる。
コーヒーの会話をすればカフェのポップアップが、痩せたいなと思えばフィットネスジムの、エロいこと考えればポルノサイトのポップアップがでてくるのである。

 これは今でいうウェブ履歴から個人の嗜好にマッチした広告をダイレクトに表示させる〈行動ターゲティング広告(BTA)〉の電脳版みたいなもので、この悪夢のような広告世界は、行き過ぎた資本主義のアイコンとしてSFでは古くから使われているが、それがこのような仕組みで今風に描かれると、とてもわかりやすくすんなりと気が狂いそうです。

また電脳空間にあるアーカイブと呼ばれるピッツバーグの仮想世界は、
現実には核の自爆テロで壊滅した都市の在りし日の姿を、住んでいる人ごと再現した空間。

在りし日の街のデジタルデータ(防犯カメラ、買い物履歴、タクシー、移動データ、個人のカメラなど)から、個人の生活が再現されていて、どの時系列からでも繰り返して体験することができる。
来る〈終末〉まで繰り返し再現される街と人々の営みに、生き残った人々は電脳から肉体的感覚をもってこの仮想空間に没入する。
しかしそこにいる人々は実際は既に死んでいて、その街も壊滅して存在しない。

そんな仮想世界で主人公は死んだ妻との思い出に浸り、永遠に傷が癒えることのなく繰り返していく。

3.11の震災で失われた街の在りし日の姿が
もしグーグルストリートビューで見られることが出来たら。そして映っている人々が当時のまま再現されていたら。その中に亡くなった親しい人を見たら…

日本人としてはこの世界設定からあの震災のことを思い起こさずにはいられないと思う。

電脳世界のマーケティングとSNS、膨大な情報量とその醜悪さ、それらが仮想空間と現実とで混じり合い心の不安定感を加速させる。かつてのドラッグノベルのようなトリップ感覚は、ネット=麻薬という比喩も込められているのだろうか。

そんな世界が、謎の死体、ファムファタール、敵か味方か不明の存在と、ノワールの定石で物語が進んでいくのだから面白くないワケがない。

一気に読み終わったあと、自分のネットの検索履歴を全部消去したのは言うまでもない。

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