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2012年7月28日 (土)

【感想】「ファミコンの思い出」 深田洋介・編 ナナロク社

Famicom00  

 我が家にファミコンが来たのは僕が小学4年生の時。ファミコンが発売された二年後の1985年だった。本体と同時に買ったソフト(当時はカセットと呼んでいた)は「スパルタンX」。4階の妖術使いの倒し方を発見したときの感動は今でも忘れない。

 本書を読み進めていくと「自分はどれだけゲームやってたんだ」と突っ込みたくなるほど、プレイしたものばかり。そこに書かれている皆の思い出は「俺か?」と思わずにいられない。

「マリオブラザーズ」「アイスクライマー」「バルーンファイト」の三本は二人同時にプレイでき、「友達と助け合って協力プレイ!」という大人の思惑とは裏腹に、ゲーム内で対決する勝負事のほうが数倍面白かった。子どもたちは自分たちでルールを考え楽しんでいた時代だった。
 「バンゲリングベイ」はコントローラーⅡのマイクに「ハドソン!」と叫べば、コントローラーⅠでプレイしている友人に襲い掛かる戦闘機を呼べたので、必死に「ハドソン!ハドソン!ハドソン!」と連呼していたら、日曜でのんびり寝ていた友人の父親に煩い!と怒鳴られ、「ポートピア連続殺人事件」では、布団の中で「こめいちご」の意味が分かったとき僕は刑事になりきっていた。

ページをめくるたびに当時の思い出が鮮明によみがえる。

しかし、1986年中ごろからプレイしたことが無いソフトが現れてくる。当時の自分はゲームに飽きてしまったのか・・・と当時の年齢に遡ってみると思い出した。

転校したのだ。

1983年から掲載されているソフトを全てプレイしていたのは、お金持ちだったからではなく、当時の友人たちと築きあげたコミュニティ、ネットワークがあったからだ。学年問わず、学校問わず、友達の友達の友達まで、幅広いネットワークによりソフトの貸し借りが行われ、凄まじい数のファミコンソフトのシェアが行われていたのだ。これが転校により、また一からネットワークを構築していかなければならなくなったのである。(それでも当時のファミコン人気は凄まじく、転校先でもあっという間にコミュニティや、ネットワークに入ることができた)

僕たちの世代にとって「ファミコン」は玩具ではない。
「ドラゴンクエスト」発売前、キャラクター、モンスターデザインが”鳥山明”というのを週刊少年ジャンプで知り、友人たちと「買ったら俺んちでやろうぜ」と約束した春、僕は転校した。発売したのはその年1986年5月27日であった。
ソフトひとつで当時の状況、環境、友人関係がよみがえる。

ファミコンは過去の自分を辿るブックマークなのだ。

ファミコンはその後も続くが、僕はその後セガマークⅡ、Ⅲ、マスターシステム、メガドライブ、セガサターン、ドリームキャストとセガ道を突き進んでしまうボンクラ人生を歩んでしまうが、それはまた別のお話。
ちなみに僕の誕生日はファミコンと同じ7月15日である。

『ファミコンの思い出』 深田洋介・編

1,365円 ナナロク社

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